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札幌地方裁判所 平成11年(ワ)1475号 判決 2000年3月17日

原告 国

代理人 佐久間健吉 井上正範 増田雅人 ほか3名

被告 有限会社トータルパッケージングサービス

主文

一  被告は、原告に対し、八五〇万四八二七円及びこれに対する平成一一年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文第一項と同旨(訴状送達の日の翌日は、平成一一年七月一日である。)

第二事案の概要

本件は、国税徴収法に基づく滞納処分として滞納会社の被告に対する不当利得返還請求権を差し押さえた原告が、被告に対し取立権に基づいてその支払を求めたのに対し、被告が、右滞納会社に対する自己の債権をもって右不当利得返還請求権とその対当額において相殺した旨主張して争う事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の租税債権

原告(所管庁・札幌国税局)は、日高化学工業株式会社(以下「滞納会社」という。)に対し、平成九年二月二五日現在で、別紙租税債権目録<略>記載のとおり、既に納期限を経過した消費税及び源泉所得税並びにその加算税及び延滞税として少なくとも合計二一五二万六〇五九円の租税債権を有していた。(<証拠略>)

2  被差押債権(不当利得返還請求権)

(一) 被告は、滞納会社との間で、平成七年一一月二四日及び平成八年一月一八日、滞納会社が別紙売掛金目録<略>の売掛先欄記載の者(以下「本件売掛先」という。)に対して有する各売掛金債権を譲渡するとの合意(以下「本件債権譲渡契約」という。)をし、これに基づき、別紙売掛金目録<略><1>ないし<8>記載の債権については同年二月七日ころに、同目録<略><9>記載の債権については同月一九日ころに、それぞれ本件売掛先に対して債権譲渡の通知をした。

(二) 被告は、本件売掛先から、別紙売掛金目録<略>の取立日欄記載の日に、同目録の取立金額欄記載の金額(合計八五〇万四八二七円)をそれぞれ取り立て、もって、被告に同額の利得が生じた。

(三) しかしながら、本件債権譲渡契約は無効であり、被告による右(二)の利得は、法律上の原因を欠くものである。

なお、本件債権譲渡契約は、別紙売掛金目録<略>記載の売掛金債権以外の売掛金債権をもその対象としているところ、同目録記載の売掛金債権以外の売掛金債権を差し押さえた原告と右債権の譲渡を受けた被告との間の別訴(当庁平成八年(ワ)第一六二〇号売掛代金請求事件、同年(ワ)第二一八八号独立当事者参加事件、平成九年(ワ)第一二二三号供託金還付請求権取立権確認請求本訴事件、同年(ワ)第一七七二号反訴事件、同年(ワ)第一五二〇号供託金還付請求権取立権確認等請求本訴事件、同年(ワ)第一七七六号反訴事件)において、本件債権譲渡契約につき、その契約内容及び契約時の当事者間の状況に照らし滞納会社の利益保護及び一般債権者間の平等に著しく欠けるものであってその効力が否定されるべきであるとの理由で、平成九年一一月二六日、次のとおりの判決が言い渡された(<証拠略>。なお、厳密には、本件の原告は一般債権者ではない。)。その後、右判決は、平成一〇年二月二六日、被告の控訴取下げにより確定した。

(1) 平成八年(ワ)第一六二〇号売掛代金請求事件

被告が債権譲渡を受けた売掛金債権の売掛先(日本トレーディング株式会社)に対する売掛代金請求(棄却)

(2) 同年(ワ)第二一八八号独立当事者参加事件

原告が差し押さえた右売掛金債権の売掛先(日本トレーディング株式会社)に対する取立金請求(主位的請求)(認容)

右売掛金債権の取立権が原告にあることの確認請求(主位的請求)(認容)

(3) 平成九年(ワ)第一二二三号供託金還付請求権取立権確認請求本訴事件及び同年(ワ)第一五二〇号供託金還付請求権取立権確認等請求本訴事件

原告が差し押さえた売掛金債権の売掛先(坪物産株式会社及び成澤宗範)が供託した金員についての各還付請求権の取立権が原告にあることの確認請求(主位的請求)(いずれも認容)

(4) 同年(ワ)第一七七二号及び同年(ワ)第一七七六号各反訴事件

被告が債権譲渡を受けた売掛金債権の売掛先(坪物産株式会社及び成澤宗範)が供託した金員についての各還付請求権が被告にあることの確認請求(いずれも棄却)

(四) 他方、本件売掛先は、被告に対し、本件債権譲渡契約が無効であることについて善意無過失で支払をしたものであるから、本件売掛先の滞納会社に対する買掛金債務は、いずれも弁済により消滅した。したがって、滞納会社は、被告の右(二)の利得により、これと同額の損失を受けたことになり、被告に対して右同額の不当利得返還請求権(以下「本件不当利得返還請求権」という。)を有する。

3  滞納処分(取立権の発生)

原告は、平成九年二月二五日、滞納会社に対する滞納処分として、本件不当利得返還請求権を差し押さえ、右差押えにかかる債権差押通知書は、同月二七日、被告に送達された。

4  相殺権の行使

(一) 被告は、滞納会社に対し、平成八年二月二九日現在で、次のとおり、合計一億八九〇三万六〇〇〇円を超える債権を有していた。(<証拠略>)

(1) 被告が滞納会社に対して平成四年七月から平成八年二月二九日までの間に売却したEPS原料、A重油、包材及び版下の残代金一億三六七九万一〇〇〇円

(2) 被告が平成七年五月三一日に滞納会社が支払うべき同社の倉庫の固定資産税を立替払いしたことに基づく立替金一二四万五〇〇〇円

(3) 被告の滞納会社に対する次のとおりの貸金残元本五一〇〇万円

ア 貸付日 平成七年三月三一日

貸付額 三〇〇〇万円

弁済期 同年一二月三一日

イ 貸付日 同年四月三〇日

貸付額 三〇〇〇万円

弁済期 同年一一月二六日

ウ 貸付日 同年七月一〇日

貸付額 三〇〇万円

弁済期 同月三一日

(4) 右(3)の各貸金にかかる利息金二九九万九〇〇〇円(なお、被告は、右利息金の利率が年五分である旨主張するところ、平成八年二月二九日までの各利息について、各弁済期までの利息を年五分の割合によって、各弁済期の翌日からの遅延損害金を商事法定利率によって単純に計算すると、右金額を下回ることになるが、各弁済期までの利息についても商事法定利率によって計算すると、右金額を上回る。)

(二) そこで、被告は、滞納会社に対し、平成一〇年七月二八日ころ、右(一)(3)の債権をもって、本件不当利得返還請求権とその対当額において相殺するとの意思表示をするとともに、原告に対しても、平成一一年二月一〇日、右相殺の意思表示をした。(<証拠略>)

二  争点(相殺権の濫用)

1  原告の主張

本件債権譲渡契約は、滞納会社が経営に行き詰まり、被告が滞納会社の経営存続のいわば生殺与奪の実権を掌握していて、滞納会社において今後も事業を継続していくためには債権譲渡を断ることのできない状況下で合意されたものであって、滞納会社の利益保護及び一般債権者間の平等に著しく欠けるものとして無効であるから、被告が本件売掛先から売掛金の弁済を受ける法律上の原因はないところ、この場合に成立する本件不当利得返還請求権について被告の貸金債権による相殺を許すならば、結果的に被告が右貸金債権につき回収をしたのと同じことになり、本件債権譲渡契約によって得た利益を実質的に確保できることになる。このような不当な結果をもたらす相殺権の行使は、権利の濫用に当たり、許されない。

2  被告の主張

(一) 平成七年一一月二四日付けの本件債権譲渡契約は、被告が滞納会社から支払手形の延期を要請され、右支払延期と引換えになされたものであって、滞納会社の経済的状況が特に悪化したことを理由になされたものではない。

また、平成八年一月一八日付けの本件債権譲渡契約も、同月になって再度滞納会社から支払手形の延期要請があったため、延期した期日の支払の約束を守ってもらう意味で同趣旨の合意をしたものであって、滞納会社の経済的危機的状況に乗じて強圧的に締結されたような事情は存在しない。

(二) 滞納会社は、平成八年一月三一日に一回目の手形不渡りを起こしたものであるが、本件債権譲渡契約は、その前年の平成七年一一月二四日に行われたものである。当時、滞納会社は、その倒産を想定していなかったし、被告も、滞納会社の財務状況は悪くないと考えていた。

(三) 被告は、滞納会社に対して多額の融資を行い、かつ、滞納会社をぎりぎりまで援助してきたものである。特に、平成七年一二月に日高信用金庫が予定していた融資を中止した際、被告は、同金庫に代わって滞納会社に対し二三〇〇万円を融資し、更に、右のとおり滞納会社が一回目の手形不渡りを起こした際にも、最後まで手形不渡りを起こさせないように頑張ってきたのは被告のみであった。

そのような被告が滞納会社に対する一億九〇〇〇万円以上の債権を不良化させてしまったことから、被告は、せめて本件債権譲渡契約にかかる八五〇万四八二七円だけでも回収するため、相殺権の行使をしたものである。

(四) 原告は、滞納会社に対して有する租税債権のうち一五五五万五四二六円を既に回収しており、被告の債権回収額及び回収率との差には大きなものがある。したがって、原告と被告との関係においては、相殺権の行使が社会観念上不当な結果を招き、関係当事者間の利益を不均衡なものとするということはできず、却って、相殺権の行使を認めないときは、原告のみが債権回収を進める結果となる。

(五) 被告は、平成一〇年二月一九日、札幌国税局国税訟務官らに対し、前記一2(三)の別訴についての控訴を取り下げる予定であること及び本件不当利得返還請求権について相殺権を行使する予定であることを伝えたところ、同国税局側から右相殺権の行使に対する特段の異議が述べられなかったことから、同月二六日、右控訴を取り下げたものである。

六 以上からすると、被告による相殺権の行使は、権利の濫用に当たらない。

第三判断(相殺権の濫用)

一  <証拠略>によれば、次の事実が認められる。

1  滞納会社は、平成七年一一月ころ、被告に対して一億一七〇〇万円の借入金債務を負担していたところ、その支払のために被告に交付していた同月三〇日支払期日の約束手形(額面三〇〇〇万円)のうち二〇〇〇万円分について決済できない見通しであったため、被告に対して支払期日の延期を要請するとともに、その条件として、同月二四日、被告との間で、本件債権譲渡契約を締結した。その内容は、滞納会社の顧客に対する売掛金債権を包括的に被告に譲渡し、滞納会社が被告に対する債務の弁済を一つでも怠ったときは、被告において右顧客に対する債権譲渡通知を発し、右顧客から売掛金債権の取立てを行うことを認めるというものであり、いわば集合債権譲渡担保契約と評価できるものであった。

2  また、滞納会社は、被告に対する同年一二月二八日弁済期の三〇〇万円の債務の支払ができず、更に、平成八年一月ころ、被告に対する二八〇〇万円の債務の支払のために被告に交付していた同月二〇日支払期日の約束手形について決済できない見通しであったため、被告に対してその支払期日の延期を要請せざるを得なかったところ、そのような状況下で被告の協力を得るため、被告の滞納会社に対する債権の担保として、同月一八日、被告との間で、本件債権譲渡契約を締結した。その内容は、滞納会社の顧客に対する売掛金債権を包括的に被告に譲渡し、滞納会社が振り出し、若しくは引き受けた手形若しくは小切手が一回でも不渡りとなったとき又は滞納会社が被告に対する債務の弁済を一つでも怠ったときは、被告において右顧客に対する債権譲渡通知を発し、右顧客から売掛金債権の取立てを行うことを認めるというものであり、やはり、集合債権譲渡担保契約と評価できるものである。

3  滞納会社は、同月三一日、一回目の手形不渡りを起こした。

二  ところで、被告は、右一3の手形不渡りの後、前記第二の一2(一)及び(二)のとおり、同年二月七日ころ及び同月一九日ころ、本件売掛先に対して債権譲渡の通知を行い、更に、同月一六日から同年五月七日までの間、本件売掛先から合計八五〇万四八二七円の売掛金を取り立てたものであるところ、被告の右行為は、右一1及び2の譲渡担保権を実行し、自己の債権回収を図ったものとみることができる。

三  しかしながら、前記第二の一2のとおり、本件債権譲渡契約が無効であり、被告が滞納会社に対して右二のとおり取り立てた金員に相当する不当利得返還債務を負うことについては、当事者間に争いがない。

四  そこで、検討するのに、一般に、債務者に対する一の債権者が、自己の債権の担保として、債務者が第三債務者に対して有する債権を譲り受け、債務者の信用状況が悪化するなど一定の事由が生じたことにより、右担保権の実行として譲渡を受けた債権を取り立て、自己の債権回収を図ったという場合に、右債権譲渡契約が破産管財人の否認権に基づいて否認されたり、あるいは、前記第二の一2(三)の別訴におけるのと同じように、その内容等に照らして無効であるとされたりすることはまま見られることである。そのような場合に、譲渡を受けた債権を取り立てることにより債権回収の利益を一旦保持した債権者に対し、債務者に対する債権を自働債権とする相殺権の行使を許すことは、右債権回収の利益の保持を容認することとなって、右否認、無効等の趣旨を没却することにつながり、ひいては、後に否認され、あるいは、無効とされるべき原因があっても、債権譲渡契約をとりあえず締結し、譲渡を受けた債権を早期に取り立てて債権回収を図るという行為を助長することにもなりかねない。

また、受働債権たる本件不当利得返還請求権の発生の経緯が前記第二の一2のとおりであることからすれば、被告が自己の貸金債権と本件不当利得返還請求権との相殺について合理的な期待を有していたということもできない。

以上からすると、被告による相殺権の行使は、本件の右一ないし三の事情の下では、権利の濫用に当たり、許されないといわざるを得ない。

五  この点、被告は、前記第二の二2のとおり主張するが、その(一)ないし(三)の主張については、その実質は、本件債権譲渡契約に関する事情をいうに過ぎず、本件債権譲渡契約が無効であること及びそのことを前提に被告が滞納会社に対して不当利得返還債務を負うことについて当事者間に争いがない本件においては、相殺権の行使が権利の濫用に当たるとの評価を障害するに足りる事情とはいえない。

また、その(四)の主張にかかる事実が仮に認められたとしても、原告が既に債権回収を図った部分につき、これが違法又は不正な手段によってなされたものであるとの主張立証はなく、更に、本件債権譲渡にかかる八五〇万四八二七円の部分についても、原告は、滞納処分という適法な手続でその回収を図ろうとしているのであって、その結果、原告のみが債権回収を進めるという結果となっても、それは、国税徴収法の定めるところによるものであるから、やむを得ないものというほかはない。

その(五)の主張については、被告が前記第二の一2(三)の控訴を取り下げる予定であること及び本件不当利得返還請求権について相殺権を行使する予定であることを札幌国税局側に伝えたところ、同国税局側が特段の異議を述べなかったとの事実をいうのみであり、被告と同国税局側との間で、原告が本件不当利得返還請求権にかかる取立金の請求をしない旨の合意をしたとか、同国税局側が被告を欺罔して右控訴を取り下げさせたなどの事実についての主張立証はないのであるから、仮に被告主張にかかる右事実が認められたとしても、やはり、被告による相殺権の行使が権利の濫用に当たるとの評価を障害するに足りる事情とはいえないといわざるを得ない。

第四結論

右によれば、被告による相殺権の行使は許されず、したがって、原告の請求は理由があることとなるから、これを認容する。

(裁判官 浅井憲)

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